本の虫

著者:江添亮
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翻訳:私のポルシェ914を盗む手引

A few things to know before stealing my 914 - Hagerty Media

はじめまして泥棒君。

私のポルシェ914にようこそ。車のドアに鍵がかかっていないことを知った君は私の車を盗もうというのだね。やめておいたほうが懸命というものだね。ドアの鍵は1978年に外れてしまったのだよ。鍵をかけられるものならかけていたよ。つまり、鍵がかかっていないこの車は、君が目ざとく発見したのではなく、ましてや私が無精者だからというわけでもないのだ。とにかく、車に乗り込んだ君にはいくつか教えておかないといけないことがあるね。まずそもそもだね、バッテリーはつながってないよ。なのでイグニッションスイッチをネジ回すのは後回しだ。バッテリーがつながってないのは君のような泥棒対策ではないのだよ。この40年前のドイツ製の配線には謎の電力消費があるのだが、私はいまだに原因を特定して修理できていないのだよ。なので、まずバッテリーをつなぎたまえ。エンジンカバーを開ける方法は少々難しいから覚悟しておきたまえ。ところで、君はそもそもエンジンがどこにあるのか知っているかね?

さて、イグニッションスイッチをネジ回す必要はないよ。鍵穴は劣化しきっているからどんなマイナスドライバーでも回すことができるだろうね。誰にも言わないでくれたまえよ。

さて、君がここまでやりとげたら、本当の困難に直面するだろう。車のギアはリバースに入っているよ。サイドブレーキのケーブルはジミー・カーター政権(訳注:アメリカ合衆国第39代大統領、任期1997-1981年)のときに固まってしまってね。クラッチ安全装置なんてものはないよ。なのでエンジン始動の際にはクラッチを踏み込んでおきたまえよ(私の駐車場にある他の車にぶつかってほしくないのでね)。この車のエンジンスターターはクラッチトランスミッションインプットシャフトを回すには非力なのでクラッチの踏み込みはその意味でも必須なのだよ。

さて、クラッチをもう一度踏み込んだら、エンジンは始動して動けるようになるはずだ。だが進む前に、ガスペダルを正確に4回踏みたまえ。3回ではない。5回でもない。4回だ。このエンジンにはチョークがないのでエンジン始動の儀として燃料を送り込む必要があるのだ。この儀式を正しく行わない場合、バッテリーを使い果たすだけで終わってしまう。警告はしておいたよ。

ここまでを手順通りに勧めなならば、エンジンは始動したはずだ。しかし騙されてはいけないよ。最初の儀式で送り込んだ燃料が尽きる8秒後にエンジンは止まってしまう。ガスペダルを踏む儀式をもう一度行いたまえ。ただし、今回は2回だ。この儀式の手順からそれるのは自己責任で頼むよ

さて、エンジンはかかった。緑のオイルランプが消えているのを確認したまえ。さもないと、100メートルも進まないうちにエンストを起こす。気をつけたまえ。ここまでをこなしてオイル圧も正常ならば、いよいよギア変更を行うことができるというものだ。これも説明が必要だね。

この車はポルシェ914だ。エンジンは車の中央に取り付けてある。トランスミッションは車の後ろにあり、シャフトをつなぐパーツは大腸から型取りしたような形状の長い長い鋼鉄の棒だ。ギアシフトレバーを操作するということは、この愚鈍な棒にいささかの刺激を与え、回り回ってトランスアクスルのケース内に達する。例えるならば歯車で一杯の袋を棒で叩くようなものだ。棒が袋の中の適切な歯車のみを叩けることを祈りながら。

もし君が正しい一速ギアを見つけられたならば(シフトパターンはシフトレバーのノブに印刷されている。ドイツ人技術者はユーモアのセンスがないとはよく言ったものだ)、おめでとう、ようやく車を動かせるようになる。

まだ喜ぶのは早い。ギアを変更しなければならないからだ。君が握っているシフトレバーよりこっくりさんのほうがよほど対話が成立するというものだ。普通の車のようにクラッチを再び踏み込み、シフトレバーを安全な一速の位置から動かしたまえ。これで君はポルシェオーナーから「ネバーランド」と呼ばれている世界に突入する。君はまさに二速の正しい位置を探す旅路に出んとするのだ。この10秒ほどの冒険に全意識を集中したまえ。シフトレバーをまっすぐに動かしてはダメだ。リバースに入るギアのきしむように噛み合う音が君をあざ笑うだろう。この音を聞いたら、直ちに安全な位置であるニュートラルにレバーを動かすのだ。そこは安全だ。レバーがそこにある限り何も問題はおこらない。ただし、前に進むこともできなくなるのだがね。この平和な場所から、君は二速を探す旅に再び出ることになるのだが、君はそれ以外の「嵐の中の港」を目指すかもしれない。というのも、この時点で君の後ろの車達は、君のギアを二速に入れる大冒険を警笛をもって褒め称えてくれるだろうからね。大抵のポルシェ914のオーナーはここで道の脇に車を止めて、電話に出るふりをして、a) 失敗をごまかす b) 後ろの車を先に行かせる c) もう一度1速に入れる勇気を出す、のだ。君も同様にしたまえ。

ここでブレーキを踏まずにレバーを操作し続けたならば、1速に戻ることが可能だろう。君のギアチェンジ技能のなさを車があざ笑っているようだが、ときにはこれしか方法がないのだよ。もう一度2速に挑戦する君に、私からささやかな助言を送ろう。まずトランスミッションのクラッチをやめ、シフトレバーを1速から先ほどの安全なニュートラルに動かし、そのままシフトレバーをすばやくジグザグに、水平方向に動かすのだ。シフトレバーを十分にすばやく動かしたならば、君はトランスミッションを混乱させて君の次の動きを読めないようにできる。この状態で2速に入れることを試みるのだ。トランスミッションを驚かせるのがコツだね。

3速にいれるのは簡単だよ。この車のギアの中では一番簡単だ。このへんで君は私の家の近所から抜け出して、4車線の幹線道路に入っているだろう。3速は時速70kmまでは大丈夫だ。なので33速にとどまっていたまえ。4速に入れようとするのはトラブルの元だ(先述の1速から2速への冒険譚を参照)

ガソリンの残量を確認する必要はない。燃料ゲージは0を指し示しているが満タンだ。メーターが0なのは満タンにしたときに振り切れたわけではなくて、単に壊れているのだ。無視したまえ。もし夜ならば、いや、実際車を盗もうとするのはたいてい夜だろうが、ヘッドライトを点灯したくなるだろう。ここまで君を随分助けてきたのだから、ヘッドライトを入れるスイッチぐらいは自力で探してもらおうじゃないか。もし君がスイッチを入れることができたのなら、1971年ののライトは時速70km以下で走る道を照らすのにぎりぎり足りるだけ明るさはあるよ。君は3速に入れたままだろうから問題はないだろう。おっと、ヘッドライトはハイビームしか動かないよ。対抗車線のパッシングや下品なハンドジェスチャーは無視したまえ。

さてここで、泥棒の君は臭いに気がつくだろう。モービル1のオイルが長い水平排気パイプから蒸発している臭いだよ。工場出荷時に封入されていたものだね。前回私が運転したときにオイルを入れてあるから、君は小型の熱処理精製工場を動かしているようなもので、当時はリッター8ドル程度のオイルを熱処理して炭化水素を発生させているのだよ。とても便利なことに暖房パイプを通って車内に充満するように設計されているのさ。ここ数十年の間に床が錆びて穴が空いているのも車内に充満させる手助けをしてくれているよ。

窓を開けると少しは炭化水素中毒の症状も和らぐはずだよ。しかし運転席側の窓は開かないよ。なので身を乗り出して助手席のドアを開けようとするだろう。しかしそっちも開かないときている。結局ドアを少し開けて走るのが一番だね。私もそうしているよ。オイルの蒸気が車内から排出されたら、少しは気分も落ち着いてくると思うよ。運転席の後ろにウエスがあるからフロントガラスの内側に付着したオイルを拭き取りたまえ。

どの道を行くにせよ。いずれ信号に引っかかるだろう。ポルシェ914を止めるのはできるだけ回避したまえ。ブレーキは止まらないことに特化した作りになっている。ブレーキというよりは引っかかりといったほうがいいね。ブレーキが効きにくく車を止めるのは難しいので、これを言い訳にしてなるべく止まらず進みたまえ。思い出してほしいのだが、君は1速に戻りたくないはずなのだ。

高速道路の入口が見えたとしても、入るのはよすがいいよ。右の前輪のホイールはだいぶ歪んでいるので、時速80km以上だしたときの振動はフロントガラスにヒビを入れ、ドアは勝手に空いてしまうのだよ。なので下道を走りたまえ。信号で止まってはいけないよ。

この時点で悲惨な事故にあわないために君は車を乗り捨てることを考えるだろうね。高速道路の脇にガソリンスタンドがある。前回私のポルシェ914を盗んだ泥棒君はここに乗り捨てていったよ。ここは関係者全員にとって都合のいい場所だよ。ここに乗り捨てていくのがおすすめだね。次からは盗むなら快適に運転できるトヨタのカムリとかにしたまえ。

ノーマン・ギャレットは元マツダの南カリフォルニア設計所に勤務してたコンセプトエンジニアー。現在はシャーロットのノースカロライナ大学の工学科で自動車工学を教えている。そして壊れた車やバイクの収集家でもある。