本の虫

著者:江添亮
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日本とイギリスのCOVID-19ワクチン接種戦略の違い

以下は日本とイギリスの一回目COVID-19ワクチン接種率の推移だ。

記録では、イギリスが最初にまとまった量のワクチンを入手したのは2020年12月8日、日本は2021年2月17日ということになっている。

イギリスはワクチンを入手次第、接種率を急激に伸ばているのとは対象的に、日本は2ヶ月ほど遅れて接種率が伸びている。

これは日本とイギリスでワクチン接種に対する戦略が違ったためで、一言でいうとイギリスはだいぶリスクを取ったように思われる。

現在、COVID-19ワクチンとして日本とイギリスが利用しているのは、Pfizer、Modena、AstraZenacaの3社から製造されているワクチンだ。PfizerとModenaはmRNAワクチンで、AstraZenecaはウイルスベクターワクチンとなっている。

現在のところの統計では、mRNAワクチンがCOVID-19の感染を90%以上防ぐが、AstraZenecaは60%以上防ぐ。どちらも感染した場合の重篤化を防ぐと言われている。AstraZenecaには僅かな血栓症の副反応の疑いが報告されている。こう書くとAstraZenecaを使う価値はないようにおもわれるが、感染を60%防ぐというのは従来のワクチンの常識では優等生だ。むしろmRNAワクチンが常識破りの効果を持っている。

日本はAstraZeneca製のワクチンを国内で使わない判断をしたが、イギリスは使う判断をした。これだけでイギリスはだいぶリスクを取っているが、イギリスはもっと大きなリスクを取っている。ワクチンの接種戦略だ。イギリスは一回目のワクチン接種率を短期間で大幅に増やす戦略を取った。これにはだいぶリスクがある。

ワクチンの現物があるなら、ただちに、できるだけ大勢に打つべきではないのか。残念ながら、ワクチンの接種から免疫獲得までの遅延を考えると、そうとも言えない。

mRNAワクチンは2回接種する必要がある。1回目を摂取した後、数週間の期間をおいて、2回目の接種をする。完全な免疫獲得は2回目接種から数週間後だ。PfizerとModenaで期間にやや差はあるが、2回接種して完全な免疫獲得までに必要な期間は2ヶ月ほどだ。

ワクチンを接種する作業に従事する人間は、事前に免疫を獲得しているべきである。しかし、免疫獲得には2ヶ月かかる。これが日本が大規模接種に2ヶ月遅れている理由の一つだ。イギリスは悠長にワクチン接種作業の従事者の免疫獲得のために2ヶ月待たなかった。

そして日本とイギリスのワクチン戦略のもう一つの違いは、イギリスはワクチンの1回目接種率を重視したことにある。

実はmRNAワクチンの1回接種でもある程度の感染防止効果はあり、感染時の重篤化も防ぐと言われている。完全な免疫獲得を考えると、2回接種が必要なワクチンは在庫の半分の人間にしか接種できない。製薬会社によって予め定められた期間をあけた後の2回目接種のためにワクチンは取り置かなければならないからだ。しかし、2回目接種の予定を無視すれば、本来2倍の数の人間に1回目接種はできるということになる。

このワクチン戦略の違いには、日本とイギリスの感染状況の違いもある。イギリスがワクチンを入手したとき、イギリスは1日あたり2万人感染し、1500人死んでいた。イギリスの人口は日本の約半分なので、日本がイギリスと同じ状況であれば、1日4万人感染し3000人死亡していたという壮絶な状況になる。イギリスは悠長に大規模接種を2ヶ月待つことができなかったのだ。

大規模接種を2ヶ月遅らせ、その時点での感染数と死亡数が続いた場合、イギリスは2ヶ月で新たに120万人の感染者と9万人の死者を出したことになる。

実際の統計を見ると、イギリスがワクチンの大規模接種を始めてから一ヶ月後には感染者と死者が半減し、 2ヶ月後には2桁下がった。2ヶ月で死者が3万人しか出なかったので、死ぬべき定めの人の命を6万人救ったことになる。そしてワクチンの1回目接種が行き渡った今、イギリスではほとんど人が死ななくなった。

一方の日本のワクチン入手時の感染状況は、1日あたり5千人の感染者と100人の死亡者だ。30万人の感染者と6千人の死亡者と引き換えに、日本はリスクを取らない戦略を取った。イギリスは結果的に2/3の死者を救ったので、割合に当てはめると、日本がイギリスと同じ戦略を取った場合、4千人の命を救えていた計算になる。ただし、完全な免疫を獲得していないワクチン接種に従事する医療従事者に多大な犠牲を出すことになっただろう。

トロッコ問題という有名な倫理学上の問題がある。

線路を走るトロッコが制御不能になった。線路の先には5人の人間がいて、このままでは避難する猶予なく轢き殺されるだろう。

あなたはトロッコが暴走した線路の分岐器を操作するレバーの前に立っている。あなたがレバーを操作すると暴走トロッコの進む線路を切り替えることができる。ただし、切り替えた先には1人の人間がいて、避ける猶予なく轢き殺されるだろう。

あなたはレバーを操作するべきか?

人の命の価値が平等で、命の個数は数えられる場合、5人が死ぬよりは1人が死ぬほうが被害が少ないと言える。しかしトロッコ問題でレバーを操作すると、本来死ぬべき定めではない人間が、自らの責任の範囲外で死ぬ。レバーを操作しなければ5人の事故死だが、レバーの操作は1人の意図的な殺人ではないのか。レバーを操作する人間が死ぬなら本人の信念の問題で、傍観者となるか英雄となるかを選べるが、本人ではないとなると・・・この問題では様々な倫理上の相反する葛藤がある。

イギリスはトロッコ問題でレバーを操作し、日本は操作しなかったとも言える。

ちなみに、イギリスは今、確実な2回目接種のための在庫維持を犠牲にして1回目接種を優先したツケを支払っている。COVID-19が変異したデルタ亜種、現在イギリスで猛威を奮っていて、1日の感染者が1万5千人にも達している。死亡者は今の所1日あたり20人ぐらいだが、2週間前は一日あたり7千人の感染者だったので、2週間後には40人に増えるだろう。ここ2年の統計から考えると、感染者数にしては死亡数が極端に少ない。重篤化は防いでいるのだが、感染後の慢性的な症状がないかについては、これから判明するだろう。