本の虫

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freeeの保有する特許5503795について読んで解釈を試みたがやはり新規性も技術的価値もわからないしゴミだったのでfreeeのエンジニアは早くfleeするべき

freeeが特許侵害でマネーフォワードに訴訟を起こしたそうだ。freeeのプレスリリースでもその事実を記載している。

特許権侵害訴訟の提起について | プレスリリース | freee株式会社

これによると、マネーフォワードが侵害したとfreeeが主張している特許は、特許第5503795号だそうだ。他の特許については触れていないのでこの特許を読んでみることにする。

特許 第5503795号 会計処理装置、会計処理方法及び会計処理プログラム - astamuse

この特許は本当にゴミなのだが、私の解釈した限りで、この特許を使った技術的な実装とは以下のようなものだ。ここで、この特許が主張している文脈やアイディアは無視して、単なる根本的な実装のみを書いている。

ユーザーの利用している金融機関やクレジットカードの取引の履歴データ(何をどこからいくらで買った、売ったという取引情報)をWeb上からスクレイピングする。

会計処理では、取引情報は、勘定科目という様々な名目に仕訳しなければならない。勘定科目とは、例えば費用の項目では、仕入とか接待交際費とか消耗品費とか賃借料といったものである。スクレイピングした取引履歴情報には、勘定科目はない。勘定科目というのはその文脈に依存する。例えば、鉛筆を購入したとして、その鉛筆を自社の社員が業務のために使うのであれば名目は消耗品費だ。鉛筆を更に第三者に販売するのであれば名目は仕入だ。

勘定科目は人間がその文脈に基づいて分類しなければならないのだが、ある程度の推測はできる。例えば、鉛筆の購入費用は、水道光熱費とか保険料にはまずならない。大方は消耗品費か仕入だろうし、大抵の場合は消耗品費だろう。したがって取引履歴情報から「鉛筆」というキーワードを抽出して、キーワードと勘定科目の対応テーブルを参照して、自動的に勘定科目の仕訳を行うことができる。

自動で仕分けた上で、人間に仕訳結果を見せて、間違いは修正させる。

とまあ、基本的にはこのような実装だ。

ちょっとまてよ、そんな分類作業は会計や簿記といった概念が発明されて以来行われている極めて一般的な既知既存の作業ではないか。キーワードで勘定科目を推定することに新規性などあるのか。

この特許は、極めてバカバカしい、人をけむにまくような、ポストモダンもかくやと思われるような言葉遣いをして、このような人間が何千年も行ってきた作業を再発明している。

まず、請求項1の冒頭を読んでみよう。

請求項1

クラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理装置であって、

「クラウドコンピューティング」とは一体何を意味する言葉であろうか。一般的に考えればAWSとかAzureのようなプラットフォームのことを言うのであろうか。クラウドだろうが非クラウドだろうが本質的には大差ないし、第一肝心の処理を実装するソフトウェアのみかけの実行環境は古典的なコンピューターと全く変わらない。クラウドは既存のソフトウェア資産を使えるように大変な努力をしているからだ。

気を取り直して、続きを読んでいこう。

ユーザーにクラウドコンピューティングを提供するウェブサーバを備え、

おや、「クラウドコンピューティング」とはユーザーに提供するものなのか。ということはAWSとかAzureなどではないということになる。freeeは自ら「クラウド会計ソフト」と名乗っている。すると、エンジニアがインフラとして使う意味のクラウドコンピューティングではなく、ユーザー側ではなくサーバー側で処理を行うことを「クラウドコンピューティング」と称しているのだろうか。こちらの意味であれば、例えばGMailはクラウド電子メールソフトであるし、Google Docsはクラウド表計算ソフトということもできる。

この特許の前文を検索しても、「クラウドコンピューティング」なる用語の定義が出てこない。ただし、

本発明はウェブ明細データを利用する点で、現時点では、中小企業及び個人事業主のうち、その恩恵を受けることができる割合が限られている。すなわち、我が国の企業におけるクラウドコンピューティングの利用率は、非特許文献1に記載されているとおり、9.1%に過ぎない、つまり大部分においてウェブ上のリソースが活用されていないのである。本発明は、中小企業及び個人事業主に初めて焦点を当てた上で、かつ、今後のクラウドコンピューティングの利用率向上を見越してなされたものであり、そこに大きな先進性がある。

この非特許文献1というのは、総務省、平成23年通信利用動向調査(企業編)、31頁のことで、以下から入手できる(ただしHTTPなので改変されていない保証がない。)

http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/pdf/HR201100_002.pdf

これによれば、クラウドコンピューティングの定義はしていないが、どうやら処理の一部をサーバー側で行い、ユーザー側のクライアントにWebブラウザーを使うソフトウェアのことを意味しているようだ。

しかし、「Web上のリソースが活用されていない」という表現は謎である。まるですでに持っている資産を使わずに放置しているような書きようだが、サービスを使う契約すら結んでいないのに、活用していないとは一体なんだろうか。例えば東京には流しのタクシーが多数走っているが、タクシーにほとんど乗らない東京人は、「公道上のタクシーリソースを活用していない」と言えるのだろうか。

そして、先進性というのも疑問だ。というのも、GMailは10年以上前に公開されているし、それ以前にもWeb上でメールを管理、送信できるようなWebサイトは、クラウドという言葉の登場以前にも存在していた。企業が使いたいかどうかということに先進性があるのだろうか。より使いやすいUI、管理しやすい機能、セキュリティなどは、別にいまに限った話ではない。

なぜ筆者が「クラウドコンピューティング」なる用語の定義にこんなに細かく考察しているかというと、この特許では、「クラウドコンピューティング」なる用語を多用しているからだ。特許の文章中に13回使われている。例えば、

ウェブサーバが提供するクラウドコンピューティングによる

クラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理装置

ユーザーにクラウドコンピューティングを提供するウェブサーバ

Webブラウザーをクライアントとして使いサーバー側の処理に依存するソフトウェアが、Webブラウザーではないソフトウェアクライアントと比べて技術的に何か先進性があるようには思われない。特許のクラウドコンピューティングをクライアントサーバー型サービスに変えても別に何の違いも内容に思われる。

クラウドコンピューティングという用語の使い方だけで謎であるし新規性のかけらも感じられない。

特許では、さも当たり前の人間が何千年もやっている作業が、まるで先例なく画期的な思いつきによって発明されたかのように書かれている。

例えば、キーワードには表記ゆれがある。ANAはエー・エヌ・エーと書かれるかもしれないし、エーエヌエーと書かれるかもしれない。このようなひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、ハイフンの有無、マイナス、長音記号などの表記ゆれを補正して同じキーワードとして扱うようにする処理が、あたかも画期的な思いつきで実施したところ効果があったかのように書かれている。

また、「モロゾフ JR大阪三越伊勢丹店」のようにキーワードが複数ある場合、JR大阪三越伊勢丹店のJRというキーワードで勘定科目を推定すると旅費交通費だが、モロゾフという洋菓子店で推定すると、贈答品を購入したので接待費だと推定できる。このように複数のキーワードがある場合、キーワードの種類によって優先度を設けることで、正しい判定ができる。この優先度として、品名は取引先より優先させた方が推定の制度が上がることが画期的なひらめきにより発見されたなどとしている。そんな複数のキーワードに優先順位をつけることは人間が何千年も行ってきたことであるし、コンピューターの発明以後即座に行われただろうに、どういう新規性があるのだろうか。

ちなみに、この特許は一度却下されているのだが、この優先順位という請求項を付け加えることで認められている。

この特許は、会計処理は発生主義の原則に基づいて「デイリーベース」(1日単位でという意味か?)で行われているが、個人や中小企業などの場合、期日までに会計処理を終わらせればよく、自動的に仕訳をした上で、ユーザーにWebブラウザー上で候補を表示して修正させる方法で、一括して仕訳を行うので、新規性があるとしている。

これもよくわからない話だ。というのも、人間が行う金の動きなのだから、その日のうちに申請し忘れて期日ギリギリに会計処理を行うことなど大企業であってもよくあるだろうし、コンピューターが今のように高性能になる前は、バッチ処理といってデータを一括で一気に処理していたものだ。すると、バッチ処理をしていた頃のコンピューターシステムで、キーワードに対応した分類を行うもので、更に会計処理をする先例が存在すれば、この特許は無効になる。そのような先例は探せばあるのではないかと思われるし、会計処理に限定したところで何か技術的に変わるとも思えない。

この特許は、とにかく人間が文字と数学を発明して以来、数千年も行ってきた会計処理という既存の作業をコンピューターでやったという他なく、しかもそのコンピューターというのが、クラウドコンピューティングとかWebサーバーとかWebブラウザーとか極めて限定的な範囲になっている。いくら範囲を狭めたところで、技術的に何か新規性のある発明には思えない。

さて、こんなゴミ特許は一体誰が発明したのか。特許に記載の情報によれば、佐々木大輔、横路隆、平栗遵宜が発明者になっている。

freeeのWebサイトの会社概要によれば、

会社概要 | freee株式会社

佐々木大輔は創業者で代表取締役。「形式的で非効率なことは大嫌い」とあるが、こんなゴミ特許を形式的で非効率的なゴミ特許を取得した上で、競合他社を極めて短い交渉期間でまるで妨害するかのように訴訟を起こす形式主義と非効率性は持ち合わせているようだ。

横路隆はCTOで共同創業者。「テクノロジーでスモールビジネスのありかたを再定義していきます」とあるが、技術ではなく特許で競合他社を妨害するビジネスを定義中のようだ。定義といえば、クラウドコンピューティングなる謎の用語も定義していただきたい。

平栗遵宜は開発本部長。「ユーザーに価値を届けるために必要なのは技術力と気合」とあるが、技術力ではなくゴミ特許で競合他社を妨害することで他の価値を抹消した上で唯一の価値を独占して届けるようだ。まさに気合が必要とされる。

創業者で代表取締役、共同創業者でCTO、開発本部長といった、役職キーワードから推定して会社の運営や技術の方向性の最終的な判断をする役割の人間が技術で勝負せず、くだらないゴミ特許を恥ずかしげもなく申請して同業他社に特許訴訟を起こすとは、freeeの技術的な先行きが危ぶまれる。

freeeのエンジニアは早くfleeするべきではないか。