超会議2016でドワンゴの運営スタッフとして焼きそばを焼いた感想
「江添さん、超会議で焼きそばを焼きませんか?」
恰幅のいい同僚が話しかけてきた。この男はドワンゴの料理研究部の部長である。
ドワンゴには福利厚生として同好会の設立を会社に申請でき、受理された同好会には部費も支給される。最も、会社が経費として出す金なので、いろいろと制約がある。例えば、飲食費用には使えない。料理研究部は調理器具や職場近くのキッチンのレンタルなどに部費を使っている。
「焼きそば? 少し前に話題になったアレをネタにするつもりですかな。しかし、もう旬は過ぎてしまったのではありませんかな」
「アレ」というのは他でもない。一時期、ドワンゴから退職が相次いだ時期があり、その時のある退職者に対して、退職理由がよくわからないとドワンゴの川上宣夫会長と伊藤直也氏がスシをつまみながらのインタビュー記事で書かれたことを受けて、元ドワンゴ社員のkuzuhaが、言及されている退職者というのは自分であろうと名乗りでて書いたブログ記事が発端で、一時期ドワンゴと焼きそばが炎上したアレだ。
僕は初回のニコニコ超会議が開催される前にこの話を聞いてさっさと退職したので実際には経験をしていませんが、ニコニコ超会議には社員が強制的に動員され、列の整理や焼きそば屋台などに従事させられました。正直に言ってソフトウェアエンジニアとして雇用した人間に焼きそばを焼かせるのは雇用契約違反なのではないかと思います。立て付けとしてはお客様の文化に触れる、本気で楽しんでくださっているお客様の姿をじかに見られる他にない機会であるという言い分です。
この炎上以降、Googleの検索欄に"ドワンゴ"と入力すると"焼きそば"がサジェストされ、"ドワンゴ 焼きそば"でググると、ドワンゴに対してネガティブな情報ばかりヒットするようになってしまった。
私がドワンゴに入社する以前の話であり、この当時の状況は人からの伝聞と風のうわさでしかわからないのだが、kuzuhaの記事には間違いがある。初代超会議のフードコートでドワンゴのエンジニアに課された料理は「焼きそば」ではなく「あんかけチャーハン」だったとのことだ。当時、ドワンゴの社内チャットでは、「会社は焼きそばではなくチャーハンですと訂正するIRを出すべきでは」などと無責任な冗談が飛んでいた。
ところでチャーハンといえば、ドワンゴには非公認のチャーハン部があり、名にし負うハンドルネームがチャーハンである部長の強力なリーダーシップのもと、毎週一度近所の中華料理屋に臨んで大盛りのチャーハンを食らうという活動をしているが、同部ではチャーハンの重量以外に、食べづらさ、胃もたれなどの完食への困難性への度合いを総合的に評価した、実質係数なる独自用語が飛び交っていて、1.2kgのチャーハンを完食した部員は尊敬され、中でも、1.2kg完食者の「来る者拒まず、去る者追う」という発言は名言としてSlack上で永久にPinされている。
それはさておき、同僚の話によれば、転んでも無料では起きない精神をもってこの炎上ネタを利用し、来る超会議2016ではエンジニアがフードコートで焼きそばを焼く企画があるという。そのために、フードコートに自らの意思でアサインされるエンジニアを募集しているという。
「いえね、やはりこういう企画は表に名前の出ている有名なエンジニアさんを採用したほうがいいと思いますし、焼きそばを焼くのも悪くありませんよ。なんでしたらフルタイムではなくパートタイムでも構いません。基本的には他のブースにアサインして途中2時間ほど抜けて焼きそばを焼くという形でのエンジニアの参加も予定しています。焼きそばを焼いていただけるのでしたら、特別に企画にかけあって希望のブースに優先的にアサインされるような配慮も致します。そしてですね。あまり言いふらしてほしくないのですが、休憩時間を通常1時間のところ、焼きそばブースは特別に2時間取ろうと予定しております」
「ほう、2時間?」
「はい、といいますのも。焼きそばを焼く鉄板はすごく熱くなるので、普段から仕事で焼きそばを焼く本職の人でも3,4時間ぐらいが限界だとか。我々素人に換算しますと、もっと短い時間で限界になるでしょうし、休憩時間も多めに必要なわけです」
巨体に似合わぬ高い声で、同僚は官僚的な勧誘文句を連発する。実際、この同僚はこの手の官僚的な細かい規則主義、手続き主義を極めて得意とする男であり、その才能は公私において遺憾なく発揮されている。今回のこの企画に割り当てられたのもその才能故だろう。この企画を遂行するにあたっては、外部のイベント設営会社、イベント運営会社、ましてや食品を扱うので消防、保健所などとの極めて役所的で煩雑なやり取りをしなければならないだろう。
そういえば、この同僚はドワンゴ社員の労働組合の代表でもあった。以前、ドワンゴとドワンゴ社員の労働組合との労使協定が危うく締結できなくなる危機があった。理由は会社と労働者との待遇の提示と要求の不一致という高尚なものではなく、単にドワンゴ社員がズボラで会社と労使協定を締結する際の労働組合の代表を選ぶ投票に参加しないというだけであった。
雇用者と被雇用者の労働組合との間で労使協定が締結できない場合、何が起こるのかというと、労働基準法の定める範囲外の労働が違法になる。読者の中には、労働基準法の範囲内の労働しか認められないのはとても良いことではないかと考える人もいるだろう。もしそう考えているとしたら、読者は労働基準法を読んだことがないだろうから、今すぐ読むべきである。
労使協定を結ばない労働基準法の定める範囲内の労働というのは、極めて制限が強い。一日の労働時間は最大8時間であり、1週に最大40時間である。残業や休日労働は認められない。緊急時のみ認められるが、事後に行政に残業や休日労働を行った旨を届け出なければならない。これは、夜中や休日にドワンゴの提供するサービスに障害が発生した場合でも、次の営業日の営業時間になるまで修正作業が行えないことを意味する。例えばニコニコ動画でそのような障害対応を行った場合、ユーザーが可及的速やかに離れてしまうだろう。Webサービスにおいては、障害はいつ何時でも即座に対応しなければ死活問題なのだ。また、定時が存在するようになり、全労働者は同じ時間に一斉に出社し、同じ時間帯に一斉に休憩を取り、同じ時間に一斉に退社することになる。
もちろん裁量労働制はなくなる。ドワンゴの特に極端な社員の一日では、早朝に就寝し、昼過ぎに起床して出社し、出社で疲れたので仕事など当然できるわけもなく、まず飯を食いに行き、16時から朝会と称する部署のメンバーが集まっての活動報告を行い、18時頃からそろそろ昼になってきたから本腰を入れて仕事するかなどとうそぶきながらようやく活動を始める。そんな裁量労働制もなくなってしまう。
事態は極めて逼迫しているというのにドワンゴの労働者はどこ吹く風といった時、この同僚は各個撃破の地道な根回しを行って何とか票を集めて従業員代表になり、労使協定を締結させ、ドワンゴの裁量労働制を維持し、ひいてはドワンゴの労働基準法違反を回避させた男である。
かかる経緯で、筆者は超会議2016で焼きそばを焼くことになった。
なお、フタを開けてみると、この同僚の根回しが強力すぎたためか、はた、祭り好きの人間が多かったのか、焼きそばブースへのアサインを希望するドワンゴのエンジニアが応募多数に付きお断りする事態が発生していたらしい。
そもそも元をたどればこの焼きそば企画の発端は、kuzuhaの上記のブログ記事なのだが、この企画を社内で提案した人間は、実は途中で退職しているそうだ。そのため、同僚は退職者の企画を引き継いだ形になる。この規格の経緯を考えるとなんとも形容しがたい何らかの違和感のある不思議な気分になる。
今回の焼きそば企画では、"ドワンゴ 焼きそば"でググった時の検索結果のネガティブな結果を変えようという意図もあるらしい。なんと、物理SEOというわけか。当日はよりシュールなネタとして、特別なスタッフカードを装着することとなった。そのスタッフカードには、顔写真と名前と「私は自らの希望で焼きそば担当になりました。」とそらぞらしく書いてある。
この同僚の苦労はともかく、焼きそばブースにアサインされただけのエンジニアは、前日のリハーサルと当日の本番に労働するだけであった。
リハーサルの日は雨が降っていた。焼きそばブースの現地でのリハーサル開始として指定された時刻は16時であった。これは朝が弱いエンジニアへの配慮である。というのは方便で、実際には、消防と保健所の検査が終わるまで鉄板に火を入れることができず、調理実習ができないためである。筆者は大幅に寝坊をして現地の到着が15時半になったが、ブースには誰もいなかった。しかたがないのでニコニコ頂神社の壁を登っていた。グレードは8級以下に感じた。今回のビレイは派遣されたプロが担当するそうだ。焼きそばもプロが派遣されているという。今回、ボードゲームがないのは残念だ。
16時になったのでフードコートに戻ってみるが、やはり誰もいない。まさかと思って控室に行くと、全員いた。エンジニア達は爪楊枝にN高のシールをはって食べ物に指す旗を作るという地味な単調作業をしていた。エンジニアの人件費を考えると、この旗は相当高いに違いない。しかし不思議だ。プログラマーにとって単調作業は忌避すべきものであるが、我々はたまに単調作業の魅力に惹かれてしまう。これは一体どういうわけだろう。
その後、待てども待てども検査はなかなか始まらず、とうとう前日は調理実習が何もできないまま解散した。筆者はその足で、海浜幕張にあるPEKIPEKIというクライミングジムに行った。去年登れなかった課題がまだ残っており、しかも登ることができた。また、クライミングマシーンのExtream設定をクリアした。一年たって上達を感じる。
さて、当日、ようやく鉄板に火を入れることができるようになったので、焼きそばのプロの実演を見た。出来上がったカレー焼きそばを食べたが・・・とても粉っぽくて食べられたものではない。どうやらレシピに記載されたカレー粉の分量が多すぎるようだ。調整してまともな味にした。
今回の焼きそばには、ドワンゴのニコニコ動画チームのK1の設計したカレー焼きそば、ニコニコ静画チームのまさらっきが設計したイカスミ焼きそば、ニコニコ生放送チームのK2が設計したピザ焼きそばの3種類の焼きそばが用意されている。カレー焼きそばには、カレー粉が入っている。イカスミ焼きそばにはイカスミが入っている。ピザ焼きそばは肉の代わりにシーフードミックスで、トマトピューレを入れた上で、上からパルメザンチーズをかける。
今回、焼きそばブースにアサインされたレシピの設計者はまさらっきだけだ。試食の結果、イカスミ焼きそばが一番美味しかった。まさらっきはグルメをわかっているものと見える。問題は、唇と歯が黒くなってしまうバグが発覚したことだ。
ピザ焼きそばは、極めて粘着質で、パック詰めが難しいという運用上の問題が発覚した。
今回は、オープンソース焼きそばということで、レシピがGitHubで公開されている。ライセンスは煮るなり焼くなり好きにしろライセンスだそうだ。
dwango/yakisoba-sauce: Open source recipe of yakisoba-sauces for chokaigi 2016
とはいえ、物理的存在に自由不自由の区別は存在しないのだが。
売上としては、カレー焼きそばが最も多く売れ、イカスミ焼きそばが最も売れないという結果になった。
価格は800円だそうだ。焼きそばにしてはやたらと高い。イベント価格とは言えあまりの高い値段に罪悪感がある。とはいえ、後述する焼きそばを焼く労働の辛さを考えると、妥当ではないかと思えるようになってしまった。
さて、肝心の焼きそばを焼く労働の苛酷さについて述べる前に、もうひとつ書いておくことがある。エンジニアとしての演出だ。
せっかくだから鉄板の温度を計測して表示してはどうか、また、焼きそばのそれぞれの売上もカウントして表示してはどうかと、アサインされたエンジニアの一人が主張し、実際にそのための装置を作った。その実装が笑えるほど面白かったので紹介する。
まず、鉄板の温度の計測方法であるが、接触するセンサーは衛生上問題があるので使えない。赤外線のセンサーを用いることにした。そのため、中国製の赤外線センサーを買った。さて、赤外線センサーを分解して、中身だけ取り出し、温度情報を取得すればいい。ドワンゴの電子工作部の部員に依頼したが、温度情報を取り出す方法がわからない。唯一測定できる信号線は、液晶ディスプレイにつながっているもので、0.1mm以下の線が何本もあり、これを手作業でハンダ付けして一本一本取り出すのは極めて困難なのでやりたくないとのことであった。したがって、計測装置は極めて笑える富豪的な実装になった。
すなわち、温度を表示する液晶ディスプレイをカメラで撮影し、画像認識して温度を得るというものである。このためにカメラとRaspberry Piが用いられた。
しかし、残念ながら、当日の表示に温度表示がつくことはなかった。理由はわからないが、鉄板の温度が60度ぐらいに表示されてしまうのだ。表面に塗った油が煙を出すような状態でその温度は明らかにおかしい。この赤外線温度計は確か500度まで対応していたはずだがなぜだろうか。あるエンジニアは、鉄板の温度が高すぎてオーバーフローしたのではないかという説を出した。温度が9bitで管理されていた場合、512度以上になるとオーバーフローする。しかし、9bitなどという中途半端なビット数で管理するだろうか。「いや、ビット数を増やすと信号線が増えて回路も増えて手間もコストもかかる。組み込みならよくあること」と言っていた。
しかし、冷静に考えると鉄が600度になると赤黒く発光するはずであり、そんなに高温になるだろうか。
「もう乱数でも表示しておけばいいんじゃないか。どうせ気づかないぜ」などという冗談まで飛び出した。
さて、焼きそばの種類ごとの売上をカウントするボタンはうまく機能した。ボタンは、100円ショップで売っていそうな透明なタッパーを容器として、ボタンを3つ取り付けてある。容器の中には基板が入っていた。
「それはArduinoかな」
「ラズパイですよ」
「ラズパイ? たかがボタン3つの制御のために?」
「何言ってるんですか。富豪的プログラミングって言葉知ってます?」
「たかがボタン3つの制御のために一昔前のスマフォに組み込まれていたARM CPUと100MB以上のメモリが必要なのか?」
「今はIoTの時代ですよ。ボタンもsshdぐらいお話できないと不便ですよ」
「ボタンの制御にH.264をデコードできるGPUを詰んだMinecraftもインストールされているコンピューターが必要なのか?」
「それは・・・うーむ」
3つボタンの容器は2つあったので、このシステムにはRaspberry Piが3つも使用されていることになる。なお、実際にはログの集計に使うソフトウェアにメモリが16GB以上必要でMacBookまで持ち出すはめになった。富豪的プログラミングにもほどがある。
さて、そろそろ肝心の焼きそばを焼く労働について述べねばなるまい。当日のフードコート奥には、3枚の鉄板が設置された。一枚の鉄板で一度に40人前(パック詰めのときには、目分量でかなり多めに詰めたので、実際にはもっと少ないだろうが)の焼きそばを焼くことができる。カレー焼きそばの材料は、豚こま切れ肉1.5kg、キャベツ1.5kg、カレー粉適量、もやし2kg、麺4kgである。
このスケールでは、焼きそばの調理は重労働である。まず鉄板が熱い。読者は何をいまさらと思われるかもしれないが、やはり鉄板は熱い。焼きそばをかき混ぜるには、ヘラを動かすために鉄板の上に手をかざさなければならず、極めてあつい。そして材料は重い。まさか焼きそばの麺があれほど重たいものだとは思わなかった。
そして、焼きそばは休みなしにひっきりなしに焼かねばならなかった。というのも、作ったそばから売れて在庫がなくなっていくからだ。会場には焼きそばの保温器が設営されていたが、果たして必要だったのだろうか。
フードコートのボトルネックは注文を聞いて現金をやり取りする部分で、そのためにスループットが上がらず行列ができてしまうのだが、たとえそのボトルネックが解消されたところで、焼きそばの生産速度はすでに追いつくのも難しいほど限界であった。
また、パック詰めも焼きそばの調理ほど肉体疲労はないが、地味に手間のかかる面倒な作業であった。トングで焼きそばを掴んで、パックにいれ、輪ゴムをかけなければならないのだ。カレー焼きそばとイカスミ焼きそばは普通の焼きそばなのだが、ピザ焼きそばはトマトピューレを入れるため、やたらと粘着質な出来上がりになってしまい、トングで掴んでパックに移す作業が極めて面倒であった。
興味深いのは、フードコートの売れ行きである。行列ができていると呼び込まずともどんどん人が来るのだが、行列ができていないとまるで人が来ない。これは一体どういう群集心理が働いているのだろうか。先の単調作業への魅力といい、なんだかやたらと心理学への興味が深まる。
こうして、過酷な2日間に渡る焼きそばブースでの業務が終わった。始まる前は、「ところで、ちゃんと焼きそばは食べられるんでしょうね? 目の前で焼いているのに食べられないとか拷問ですよ」などと言っていたエンジニアは、あまり焼きそばを食べていた気配がない。
超会議のフードコートで焼きそばを売って実感したこととしては、希望せずに強制的にフードコートに配属されたら、少なくとも転職を考えるぐらい疲労するということだ。
だいぶ披露したとはいえ、ボルダリングは別腹だ。超会議2日目の後は海浜幕張のクライミングジム、PEKIPKEIには行った。前日リハーサルで落とせなかった課題が落とせたので満足して帰った。来年もまたこよう。
写真
— ゆっくりしない (@yukkuri_sinai) April 30, 2016
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