本の虫

著者:江添亮
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C++標準化委員会の文書のレビュー: P0030R0-P0039R0

[PDF] P0030R0: Proposal to Introduce a 3-Argument Overload to std::hypot

C++11で追加されたstd::hypotに3引数版のオーバーロードを追加する提案。

std::hypot( x, y )は、\(\sqrt{ x^2 + y^2}\)を、計算過程でオーバーフロー、アンダーフローが発生しない方法で計算する関数だ。

hypotの応用方法として、二次元空間における2点間の距離の計算、\(\sqrt{(x_1 - x_2)^2 + (y_1 - y_2)^2}\) に使える。

struct point
{ double x, y ; } ;

double dist( point a, point b )
{
    return std::hypot( a.x - b.x, a.y - b.y ) ;
}

しかし、多くの分野では、三次元空間における2点間の距離を計算、、\(\sqrt{(x_1 - x_2)^2 + (y_1 - y_2)^2 (z_q - z_2)^2}\)したいことがよくある。hypotは2引数なので、現状では以下のように使わなければならない

struct point
{ double x, y, z ; } ;

double dist( point a, point b )
{
    return std::hypot( a.x - b.x, std::hypot( a.y - b.y, a.z - b.z ) ) ;
}

hypotに3引数版のオーバーロードを追加すると、以下のように書ける。


std::hypot( a.x - b.x, a.y - b.y, a.z - b.z ) ;

論文では、Variadic templatesを利用した任意個の引数を取る汎用的な関数の提案も考えたが、そのような関数の利用例が明らかではないとして、今回の提案では3引数版のみにとどめたという。

P0031R0: A Proposal to Add Constexpr Modifiers to reverse_iterator, move_iterator, array and Range Access

array, reverse_iterator, move_iteratorをconstexprに対応させる提案。

P0032R0: Homogeneous interface for variant, any and optional

現在提案されているvariant, any, optionalには、機能は同じだがメンバー名や引数などが異なるメンバーがあるので、統一を図る。

P0033R0: Re-enabling shared_from_this

現行のenable_shared_from_thisの文面では、挙動が明確に規定されていないコードが存在してしまう。

enable_shared_from_thisは、shared_ptrで管理する型の基本クラスとすることで、shared_from_thisというメンバー関数を追加できる。このメンバー関数を呼び出すと、そのオブジェクトを所有している既存のshared_ptrが返される。以下のように使える。

// CRTPとして使う
struct X : public std::enable_shared_from_this<X>
{ } ;

int main()
{
    auto sp1 = std::make_shared<X>() ;

    // sp1と所有権を共有するshared_ptrが得られる
    auto sp2 = sp1->shared_from_this() ; 
}

ところが、現行の文面では、以下のようなコードの挙動が未定義になってしまう。

int main()
{
  struct X : public enable_shared_from_this<X> { };
  auto xraw = new X;
  shared_ptr<X> xp1(xraw);  // #1
  { // 破棄時にdeleteしないので安全
    shared_ptr<X> xp2(xraw, [](void*) { });  // #2
  }
  xraw->shared_from_this();  // #3
}

shared_from_thisの前提条件として、オブジェクトを所有するshared_ptrのオブジェクトが存在しなければならない。このコードでは、存在している。問題は、複数のshared_ptrが独立して存在しているということだ。ただし、後から構築される#2のオブジェクトのデリーターは何もしないので、このコードは二重にdeleteするという問題はない。すると、このコードは合法なのだろうか。

しかし、合法だとして、この場合はどちらのshared_ptrと所有権を共有するオブジェクトが返るのだろうか。#1だろうか、#2だろうか。

#1が返る場合、#2のshaared_ptrの構築時には、xraw->_weak_thisがアップデートされないことになる。#2が返る場合、アップデートされる。

問題は、shared_from_thisのpostconditionに照らし合わせると、どちらの挙動もweak_ptrがらみのpostconditionを満たせないので、規格上挙動が規定されていない。

さて、既存の実装であるDinkumware, GNU, LLVMの実装は、いずれも#2が_weak_thisをアップデートする挙動になっている。これは設計上意図的なものではない。

一方、Boostの実装では、ユーザーの意見を取り入れた結果、#2は_weak_thisをアップデートしない挙動に意図的にしている。つまり、一番最初に作られたshared_ptrと所有権を共有するshared_ptrを返す。

現在、既存の実装の挙動に依存したコードはなく、Boostの挙動の方が実際の需要があるため、Boostの挙動にあわせる変更を提案している。

また、この提案では、weak_ptrを得るweak_from_thisの追加も提案されている。

P0034R0 – Civil Time

軽量な日付ライブラリの提案。

Boost. Date Timeはあまりにも巨大すぎるし、作者が標準ライブラリに追加することに興味を示していないので、軽量な日付ライブラリを提案している。

このライブラリは、グレゴリオ暦以前の日付はtime_tのオーバーフロー、time_t以上の精度でうるう秒を扱うことは考慮しない。タイムゾーンが使える。

P0035R0: Dynamic memory allocation for over-aligned data

待望のオーバーアライメントしてくれる確保関数の提案。

C++の現行規格では、確保関数はオーバーアライメントする必要はない。例えば、floatのアライメントが4バイトで、SIMD命令の都合上、floatの配列を16バイトアライメントしたいとする。以下のようなコードを書いても、16バイトアライメントされる保証はない。

class alignas(16) float4 {
	float f[4];
};
float4 *p = new float4[1000];

C++の規格上は4バイトアライメントされれば十分なのだ。オーバーアライメントは規格上必須ではない。

シグネチャは以下のようになる。

namespace std {
    enum class align_val_t: size_t;
}
void* operator new(std::size_t size, std::align_val_t alignment);
void* operator new(std::size_t size, std::align_val_t alignment,
			const std::nothrow_t&) noexcept;
void operator delete(void* ptr, std::align_val_t alignment) noexcept;
void operator delete(void* ptr, std::align_val_t alignment,
			const std::nothrow_t&) noexcept;
void* operator new[](std::size_t size, std::align_val_t alignment);
void* operator new[](std::size_t size, std::align_val_t alignment,
			const std::nothrow_t&) noexcept;
void operator delete[](void* ptr, std::align_val_t alignment) noexcept;
void operator delete[](void* ptr, std::align_val_t alignment,
			const std::nothrow_t&) noexcept;

P0036R0: Unary Folds and Empty Parameter Packs (Revision 1)

folding expressionに空のパラメーターパックを指定した時のフォールバックを、operator &&, operator ||, operator , だけに留める提案。

デフォルトで0が変えるとまずい場合がある。

P0037R0: Fixed_Point_Library_Proposal

固定小数点ライブラリの提案。

template < class ReprType, int Exponent >
class fixed_point ;

ReprTypeは内部でつかう整数型で、Exponentは、ビットを指定された数だけシフトする。fixed_pointの精度は、pow(2, Exponent)であり、最小値と最大値は、pow(2, Exponent)にstd::numeric_limites<ReprType>::min()/max()を掛けた値になる。

Exponentを指定するのは面倒だ。固定小数は、基数ビット数と小数ビット数を記述することで指定できる。プログラマーの多くはこの記述方法を好む。

そこで、fixed_pointのエイリアスが用意される。

template <unsigned IntegerDigits, unsigned FractionalDigits = 0, bool IsSigned = true>
    using make_fixed ;

template <unsigned IntegerDigits, unsigned FractionalDigits = 0>
    using make_ufixed ;

例えば、8bitの符号なしの固定小数で、基数と小数のビット数にそれぞれ4ビット割り当てたい場合は、

make_ufixed<4, 4> value{ 15.9375 } ;

32bit、符号あり、基数が2ビット、小数が29ビットにしたい場合は、

make_fixed<2, 29> value { 3.141592653 } ;

固定小数と組み込みの整数型は相互に明示的に変換できる。

丸め誤差は発生する。

make_ufixed<4, 4>(.006) == make_ufixed<4, 4>(0)

このコードは丸められた結果trueとなり得る。

整数に普通に使える演算子は固定小数にもオーバーロードされていて普通に使える。シフト演算子と比較演算子以外では、二項演算子は固定小数同士や、固定小数と他の演算型を組み合わせてオペランドに取れる。

組み合わせが同じ固定小数型ではない場合、簡単なプロモーション風のルールによって、戻り値の型が決定される。

  1. どちらの実引数も固定小数の場合、大きなサイズの型が選ばれる。どちらか片方が符号付きならば、符号付きになる
  2. どちらかの実引数が浮動小数点数型の場合、結果の型は入力と同じかそれ以上大きい、最小の浮動小数点数型になる
  3. どちらかの実引数が整数型の場合、結果は他方の固定小数型になる

make_ufixed<5, 3>{8} + make_ufixed<4, 4>{3} == make_ufixed<5, 3>{11};  
make_ufixed<5, 3>{8} + 3 == make_ufixed<5, 3>{11};  
make_ufixed<5, 3>{8} + float{3} == float{11};  

提案では、このプロモーションルールの理由を、挙動を簡単に推測できるためとパフォーマンス上の理由から、各ルールについて以下のように説明している。

  1. 固定小数のみが使われていた場合に、最小の計算のみが行われることを保証する。
  2. 型を混ぜた演算のプロモーションルールをまねた。固定小数の範囲から外れるようなexponentを持つ値も作り出せるようにし、浮動小数点数から整数へのコストのかかる変換を避ける
  3. 入力として与えられた固定小数型を維持する。処理に重要なのは意図的に固定小数型である

シフト演算子は右辺に整数型を取り、オーバーフロー、アンダーフローしない新しい型を返す。

比較演算子は、プロモーションルールにしたがって入力を共通の型に変換した上で、比較して、結果をtrueかfalseで返す。

符号付きと符号なしの固定小数のオーバーフローは、未定義の挙動となる。符号なしの整数型のオーバーフローの挙動が規定されている基本型とは異なる。

// オーバーフローの例
make_fixed<4, 3>(15) + make_fixed<4, 3>(1)

アンダーフローが発生して精度が失われることは許容されている。


make_fixed<4, 3>(15) + make_fixed<4, 3>(1) ;

この結果は7になるが、これは許容されている。

ただし、すべてのビットがアンダーフローによって失われた場合、その値は「フラッシュされた」状態になり、未定義の挙動となる。

固定小数の精度を上下させるpromote/demote関数がある。これは、基数部と小数部のビット数をそれぞれ、2倍、1/2倍する。

// make_fixed< 4, 4 >
promote( make_fixed< 2, 2 >(1) ) ;
// make_fixed< 2, 2 >
promote( make_fixed< 4, 4>(1) ) ;

オーバーフローを防ぐために精度を上げつつ計算する関数が用意されている。

単項演算子としては、trunc_reciprocal, trunc_square, trunc_sqrt, promote_reciprocal, promote_square

二項演算子としては、trunc_add, trunc_subtract, trunc_multiply, trunc_divide, trunc_shift_left, trunc_shift_right, promote_add, promote_sub, promote_multiply, promote_divide

trunc_は、入力よりも大きくはない結果を返すが、exponent部分をオーバーフローを避けるために変更される。

promote_は、オーバーフローとアンダーフローが起きないほど十分に大きな型を結果として返す

_multiplyと_squareは、64bit型には提供される保証がない。

_multiplyと_squareは、入力が最小負数である場合、未定義の挙動となる。

_squareは符号なし型を返す

_divideと_reciprocalは、ゼロ除算チェックは行わない

trunc_shift_は、最初の入力と同じ型を返す。

関数はまだ追加される余地がある。

P0038R0: Flat Containers

Boost.ContainerにあるFlat Associative Container(flat_map, flat_set, flat_multimap, flat_multiset)の追加。

フラット連想コンテナーとは、従来の連想コンテナーであるmapやsetのように、キーと対応する値をもっていて、キーによって値を高速に検索できる特性を持つ。従来のノードベースの連想コンテナーと違い、連続したストレージ上に要素が確保される。

実装方法は2つある。ひとつは要素を常にキーでソート済みにしておくこと。もうひとつはヒープ構造を用いること。Boostの実装はソートを使っている。ヒープを使った実装はキャッシュのローカル性を保ちやすいので、理論上優れた実装であるとされ、会議では関心が高かったが、実装経験が少ないため、さらなる検証が必要であるとしている。

P0039R0: Extending raw_storage_iterator

raw_storage_iteratorを改良する提案。

raw_storage_iteratorにムーブ代入演算子を追加し、ムーブに対応させる。

raw_storage_iteratorを作るのは面倒なので、factory関数を追加する。

template<class T>
auto make_storage_iterator( T&& iterator)
{
 return raw_storage_iterator<std::remove_reference<T>::type, decltype(*iterator)>( std::forward<T>(iterator));
}

raw_storage_iteratorの目的は、主にplacement newで使うためだが、placement newの文法はraw_storage_iteratorをサポートしていない。これを直接サポートする。

template<class T, class U>
void* operator new(size_t s, raw_storage_iterator<T,U> it) noexcept
{
 return ::operator new(s, it.base() );
}

template<class T, class U>
void operator delete ( void* m, raw_storage_iterator<T,U> it) noexcept
{
 return ::operator delete(m, it.base() );
}

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この記事はドワンゴ勤務中に書かれた。来月は有給を取りまくる必要のある事情がある。

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